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  2. 関ケ原とは

一歩、足を踏み入れたら、足を止めて、目を閉じて、まずは深呼吸。思わずそうしたくなる、そんなまちです。

「関ケ原」。

教科書で必ず一度は目にしたことがあると思います。
誰もが知っているように、
ここ関ケ原は天下分け目の戦いが繰り広げられた地。
そして、手付かずの自然にあふれているまち。
知っているつもりで実は知らないたくさんの魅力が、
ここにはたくさん眠っているのです。

関ケ原では、日本の歴史上避けて通れない
大きな“天下分け目の戦”が二度ありました。
672年、大海人皇子と大友皇子による、日本最大の内乱「壬申の乱」。
そして1600年、
石田三成率いる西軍と徳川家康率いる東軍が
東西を二分するこの地で繰り広げた、
戦国最大ともいわれる天下分け目の戦「関ケ原の戦い」。

この二度の戦がなければ、今の日本は変わっていたかもしれません。

「関ケ原」という地名の由来は、
「関所」のある「原っぱ」だった、という一説があります。
日本三大関所のひとつにも数えられる「不破の関」が置かれていたこと、
そして、江戸と京都を結ぶ中山道の六十九宿のうち、
「今須宿」「関ケ原宿」、二つの宿場があったことからも
この地が古くから交通の要衝だったことがうかがえます。
現在の「関東」「関西」という呼び名も、
“関”ケ原を境にしているとか。

関ケ原は、古き日から今に至るまで、交通の要衝として人々の暮らしを支えています。

手付かずの自然が残る、関ケ原。
力強く芽吹く春、深緑が美しい夏、
真紅に染まる秋、白銀の雪景色の冬…。
そんな、四季を通して美しい景観はもちろん、
どこまでも広がる田園風景も、
凛とした竹林の一本道も、
どこにでもありそうな田舎道も、
道端に咲く一輪の花も、

どこかなつかしくて、なぜかホッとする、そんな、この国の原点の風景が、息づいています。

関ケ原とは