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知ってると得する、豆知識いろいろ 「関ケ原辞典」

単語帳:た行

代官(だいかん)

戦国時代、大名のもとで地方役人として実務に当たった者。

平忠常(たいらのただつね)不明-1031

平安時代中期の地方軍事貴族。父祖の勢力を受け継ぎ、上総介・下総権介などに任じた。

平清盛(たいらのきよもり)1118-1181

平安時代末期、平氏の全盛期を築いた武将。忠盛の長男。

平将門(たいらのまさかど)不明-940

平安時代中期の武者。桓武平氏高望の孫。叔父良兼と女論による対立から、一族間の争いが激化し、939年平将門の乱を起こす。

竹矢来(たけやらい)

竹を縦横・斜めに組み合わせて組んだ見通しのきく簡易的な囲い。

竹中重門(たけなかしげかど)1573-1631

安土桃山時代から江戸時代の武将。当初西軍に属して犬山城の石川貞清を援助するが、その後東軍に加わる。関ケ原合戦では、旧知の仲であった黒田長政に合流し、奮戦。9月19日には伊吹山中で、西軍の有力武将・小西行長を捕らえる。

竹中重治(半兵衛)(たけなかしげはる/はんべえ)1544-1579

戦国時代の武将。通称・半兵衛。重元の子。美濃国守護斎藤龍興に仕えていたが、織田信長が龍興を攻め、美濃国を制圧すると、信長に仕えた。姉川の戦いや、長篠の戦いにおいて活躍。その後、信長の命により羽柴秀吉とともに中国を攻め、戦いに貢献した。播磨攻めの陣中にて36歳で病没。

太政大臣(だじょうだいじん)

律令制で、官位の中で最高の役職名。

橘奈良麻呂(たちばなのならまろ)721-757

奈良時代の高級官人、政治家。橘諸兄の子。かねてから藤原仲麻呂の勢力に反撥しており、757年大伴、佐伯、多治比などの古来の名族や現状に不満を持つ諸王を糾弾し、政変を企てるが、未然に発覚し、捕らえられて獄死した。

田中吉政(たなかよしまさ)1548-1609

戦国時代・安土桃山時代の武将。江戸時代の大名。豊臣秀次の宿老を経て、関ケ原の戦いで東軍に属した。石田三成の居城、佐和山城を落城させ、伊吹山中で三成を捕らえるなど戦功を上げ、筑後国の国持大名となった。街道の整備など、卓越した都市設計は高く評価され、またキリスト教にも寛容で洗名を受けた。

竹生島(ちくぶじま)

びわ湖の北部に浮かぶ島。びわ湖八景のひとつにも数えられる。

丁字桜(ちょうじざくら)

桜の野生種の1つ、東北南部から太平洋側に見られる。メジロザクラとも言う。花を横から見ると丁字のように見えることから名付けられた。

庁舎(ちょうしゃ)

官庁の建物。

停廃(ちょうはい)

予定していた事柄をとりやめること。

勅符(ちょくふ)

国家の重要事件に際して天皇の言葉を直接に国司に下す文書。

鎮護(ちんご)

災いや戦乱を鎮め、国の平安をまもること。

鎮座(ちんざ)

神霊が一定の場所に鎮まりとどまること。

筑紫(つくし)

古代、九州地方の名称。または、筑前・筑後にあたる九州北部の名称。さらに、大宰府を指すこともある。

兵庫(つわものぐら)

武器を納めておく倉。兵器庫。

蹄鉄(ていてつ)

馬のひづめの損傷を防ぐために、その底に打ちつける鉄具。

伝馬制度(てんませいど)

古代から近世までに見られた使者や物資を馬で運ぶ交通制度。江戸時代には、各宿場町に配備された。

天満山(てんまやま)

関ケ原の北国街道と中山道の間にある山。

天武天皇(てんむてんのう)不明-686

即位前の名は大海人皇子。壬申の乱にて大友皇子を破り、第40代天皇となる。『日本書紀』・『古事記』の作成を命じる。律令国家の確立を目指した。

東海自然歩道(とうかいしぜんほどう)

東京の「高尾国定公園」から大阪の「箕面国定公園」までの11都府県約90市町村にまたがる長さ1697kmの長距離自然歩道。

東海道(とうかいどう)

江戸から太平洋沿いに京都に至る街道。

東関紀行(とうかんきこう)

鎌倉時代中期の旅行記。京都から鎌倉への道中の体験を主として記したもの。

東国(とうごく、あずまのくに)

都(京都)の東の方角にある諸国の総称。

東山道(とうさんどう)

五畿七道の1つ。東海道と北陸道に挟まれた地帯で、現在の、中部・関東・東北の山地を中心とする地域とその道筋。

     
胴塚(どうづか)

合戦などで討ち取られた胴などを供養するための「塚」のこと。

藤堂高虎(とうどうたかとら)1556-1630

安土桃山時代から江戸時代初期の武将。近江の人。浅井長政・羽柴秀長・豊臣秀吉らに仕えた。関ケ原の戦い、大坂の陣では東軍に属し、その功により伊勢・伊賀など32万石に封ぜられた。

土岐康行(ときやすゆき)不明-1404

南北朝時代の武将。美濃国守護、また伊勢国守護。

土岐頼康(ときよりやす)1318-1387

南北朝時代の武将。美濃・尾張・伊勢三国守護。足利尊氏らに従って各地を転戦し、幕府に評価された。観応の擾乱では、尊氏ら側で活躍。

常盤御前(ときわごぜん)生没年不明

源義経の母。源義朝の妾(めかけ)となり、今若・乙若・牛若(義経)を生んだ。義朝の死後、平清盛の妾となる。

徳川家康(とくがわいえやす)1542-1616

江戸幕府初代大名。織田信長と結んで駿府を、豊臣秀吉と和して関東を支配。豊臣氏五大老の筆頭となり、秀吉の死後、石田三成を関ケ原の戦いで破り、1603年征夷大将軍となって江戸幕府を開いた。

徳川四天王(とくがわしてんのう)

徳川家康の側近に仕えて江戸幕府の創業に功績を立てた4人(井伊直政・本多忠勝・榊原康政・堺忠次)の武将を呼んだもの。

徳川秀忠(とくがわひでただ)1579-1632

江戸幕府2代目将軍。徳川家康の三男。妻はお江。

土佐(とさ)

旧国名の1つ。現在の高知県にあたる。

土壇(どだん)

土を盛り上げてつくった、祭りその他の儀式を行う場所。

土塁(どるい)

敵や動物の侵入を防ぐため、城・寺・豪族の住居・集落などの周囲に築かれた連続した土盛りのこと。

豊臣秀吉(とよとみひでよし)不明-1598

安土桃山時代の武将。織田信長に仕え、戦功をたてる。信長の死後、明智光秀・柴田勝家を討ち、ついで四国・九州・関東・奥州を平定して天下を統一。

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