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知ってると得する、豆知識いろいろ 「関ケ原辞典」

単語帳:や・ら・わ行

八房の梅(やつふさのうめ)

梅の品種の1つ。花は白く八重咲きで、1つの花に4〜7個の実を結ぶ。別名座論梅。

山内一豊(やまうちかずとよ)1546-1605

安土桃山時代の武将。織田信長・豊臣秀吉に仕えたが、関ケ原の戦いでは徳川家康に仕える。

日本武尊(やまとたける)

古事記と日本書紀に載っている伝説上の英雄。景行天皇の皇子。気性が激しいため天皇に敬遠され、九州の熊襲(くまそ)、東国の蝦夷(えぞ)の討伐をさせられる。風土記などを含めさまざまな伝説が残っている。

湯淺五助(ゆあさごすけ)不明-1600

戦国時代の武将。大谷吉継の側近。大谷家臣の中でも特に武勇に秀でており、槍の名手として有名であった。人格者としても知られ、関ケ原の戦いでは大谷隊が壊滅した時、切腹した大谷吉継の介錯を務めたとされる。その後自身も戦死する。

有名無実(ゆうめいむじつ)

名ばかりで、それに見合う実質が伴っていないこと。

遊覧(ゆうらん)

見て回ること。

譲状(ゆずりじょう)

平安中期以降、所領や財産を子孫などへ譲り渡すことを記した文書。

要害(ようがい)

地形が険しく守りに有利なこと。またはその場所。

謡曲(ようきょく)

能の詞章のこと。演劇で言うところの脚本にあたる。

陽成天皇(ようぜいてんのう)868-949

876-884年在位。清和天皇の第1皇子。876年清和天皇の譲位を受けわずか9歳で染殿院に即位、母の兄の藤原基経が摂政となった。

吉野山(よしのやま)

奈良県中部、大峰山脈北端の尾根の1つ。南朝の所在地で史跡に富み、桜の名所でもある。平成16年(2004年)「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部として世界遺産(文化遺産)に登録された。

吉光の銘刀(よしみつのめいとう)

鎌倉後期の刀工で、京都粟田口(あわたぐち)派に属し、粟田口吉光という。通称は藤四郎(とうしろう)。正応(しょうおう)年間(1288〜1293年)ごろに活躍したとみられる。短刀の名手として名高く、大名家では吉光の短刀を所持する習わしがあった。

淀殿(よどどの)1569-1615

本名は浅井茶々。近江国の戦国大名・浅井長政の娘。母は織田信長の妹、お市の方。妹に初と江がいる。豊臣秀吉の側室となり、秀頼を産む。

ら行

立哨台(りっしょうだい)

見張り台。

冷泉天皇(れいぜいてんのう)950-1011

967-969年在位。村上天皇の第2皇子。幼少の頃より異常な行動が多く、その狂気は元方の祟りと言われ、治世は一族の師輔流藤原氏の勢力拡大に利用された。

わ・を・ん・他

若宮八幡宮(わかみやはちまんぐう)

「八幡宮の若宮」という意味で、多くは宇佐神宮・岩清水八幡宮・鶴岡八幡宮などにある若宮を勧請し、八幡神の応神天皇の御子神である仁徳天皇を祀るものである。他に、「八幡宮本宮から迎えた新宮」の意味の「若宮」もあり、この場合は応神天皇が祀られている。

脇坂安治(わきざかやすはる)1554-1626

安土桃山時代から江戸初期の武将。はじめ明智光秀に、次いで豊臣秀吉に仕え、賤ヶ岳の戦いでは、七本槍の一人として武功をおさめる。その後、関ケ原の戦いでは西軍に属していたが、東軍側に寝返る。

1/fの揺らぎ(えふぶんのいちのゆらぎ)

人にやすらぎを与えるとされる周波数のこと。自然現象においてしばしば見ることができ、具体例として人の心拍の間隔や、ろうそくの炎の揺れ方、電車の揺れ、小川のせせらぐ音、目の動き方、木漏れ日、蛍の光り方などが例として挙げられる。

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