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  南天満山・宇喜多秀家陣跡
南天満山・宇喜多秀家陣跡 西軍の副総帥として奮戦

 秀吉にかわいがられ、若くして豊臣政権五大老の1人となった秀家は、約17,000の兵をつれ南天満山に布陣。開戦と同時に福島隊の猛攻撃を受け、一進一退の攻防を繰り広げました。敗戦後、死罪を免れて八丈島へ流されましたが、息子や家臣とともに土地に根づき、83歳まで生き長らえています。
 陣跡の碑は杉木立に囲まれた天満神社の境内にひっそりと立っています。
 巌流島の決闘で知られる剣豪・宮本武蔵は合戦当時17歳。宇喜多隊の一兵として激戦地で戦ったといわれていますが、その戦いぶりなど詳しいことは分かっていません。天下分け目の合戦は、彼の剣術にどんな影響を与えたのでしょうか?
関ケ原町地域振興課 TEL:0584-43-1112 FAX:0584-43-2120
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